http://toyokeizai.net/articles/-/51391
日本人看護師が現地で見たエボラの真実
命がけの覚悟で患者と向き合った1カ月
藤尾 明彦 :ニュース編集部 記者
2014年10月27日
シエラレオネでエボラ患者の看護にあたった大滝潤子さん(撮影:今井康一)
西アフリカで猛威を振るっているエボラ出血熱。大滝潤子さんは7月から、国境なき医師団(MSF)から日本人2人目の看護師としてシエラレオネに派遣された。そこで目の当たりにした現地の惨状や、患者の救命にかける想いを語った。
高校生の頃に、ボランティアでベトナムの麻薬中毒患者のリハビリ施設建設に携わったことがきっかけで、世界中の病気に苦しむ人を助けたいと思うようになりました。日本の病院で看護師として働き、海外留学して英語も勉強しました。2012年からはMSFに参加して、イラク、ヨルダン、南スーダンへの派遣を経験しました。
今年4月から長崎大学の熱帯医学研究所で3カ月間、エボラ出血熱について研修を受け、シエラレオネへの派遣オファーを受けました。7月30日に日本をたち、帰国したのは9月10日です。
現地では温かく出迎えてくれた
日本からシエラレオネへの直行便はないので、MSFの国際事務局本部があるベルギーのブリュッセルを経由して、シエラレオネの首都・フリータウンに飛びました。そこからMSFが建てたエボラ出血熱の専門治療施設があるカイラフンまで、400キロの道のりを車で移動しました。
治療施設はテント作りで、私がいた当時は80床ありました。現在は96床まで増床されています。エボラについての知識がまだ浸透していない今年6月頃までは、外国人が奇病を持ち込んできたという噂が広まって、医師団に石が投げられたこともあったそうです。しかし、私が現地に着いた時は誤解が解けていて、子どもたちが手を振って温かく出迎えくれました。
日本人看護師が現地で見たエボラの真実
命がけの覚悟で患者と向き合った1カ月
藤尾 明彦 :ニュース編集部 記者
2014年10月27日
脱水を防ぐため、水分補給を促す医療スタッフ
エボラ出血熱の致死率は50%程度と非常に高い。WHO(世界保健機関)の統計では、死亡者数は4000人を突破、リベリア、シエラレオネ、ギニアの3カ国で感染者が集中しており、終息の兆しは見えていない。
感染すると、発熱、頭痛、吐き気、下痢などの症状が出ます。一部の人は歯茎から血が出て止まらなくなったり、下血を繰り返したりもします。徐々に体力がなくなり、トイレにもいけないほど動けなくなると、おむつをします。
悲しいという感情を押し殺してプロに徹した
有効な治療薬がないので、頭痛を和らげるための鎮痛薬や、脱水を防ぐための水分補給などの対処療法が中心となります。できるだけ経口投与で頑張りますが、吐き気が強いので、最後の手段として点滴を使用します。病棟に入るたびに誰かが亡くなっているという状況で、悲しいという感情をマヒさせなければ、プロとして仕事が続けられませんでした。
回復するためには、本人が持っている抵抗力が大事です。あとは体内に入り込んだウイルスの量も関係します。血液検査で最初からウイルス量が少ないと症状も比較的軽くなります。自力で食事も取れるようだと回復の見込みが高まります。検査をするたびにウイルス量が減っていき、陰性の結果が出ると完全回復と判断されます。回復した患者は拍手をして送り出されます。その瞬間が一番うれしいですね。
日本人看護師が現地で見たエボラの真実
命がけの覚悟で患者と向き合った1カ月
藤尾 明彦 :ニュース編集部 記者
2014年10月27日
防護服を着た大滝さん。看護中は凡ミスも許されない
エボラウイルスは空気感染しないが、血液や汗などに濃厚接触すると感染の可能性が高まる。
家族に1人感染者が出ると、小さい家に皆で住んでいるので感染してしまいます。お葬式で体を洗う際に接触して感染するケースもあります。ただ、葬式は赤十字が取り行うという啓発活動を進めた結果、そうした感染は減ってきています。
現地では多国籍の外国人スタッフ30名超と約170名の現地スタッフで、病棟を運営しています。職種は医師、看護師、掃除などの衛生管理、物資調達など多岐に渡ります。
防護服は慣れたとしても、脱ぎ着するのに10分弱はかかります。軽いですが密閉しているので、サウナの中にいるような蒸し暑さです。看護行為は1回1時間が体力の限界で、それを1日2~3回行います。病棟外ではカルテを作成するなど事務作業をします。
一作業ごとに塩素水で消毒
ゴーグルが曇ると点滴の際などに医療事故が起きかねないので、そういう時はいったん中止します。夢中になると防護服がずれて肌が露出することもあるので、必ず2人一組で看護し、互いにチェックし合います。また一作業ごとに塩素水で消毒します。看護する側も命がけで、凡ミスも許されません。
週1回は休日があり、治療所から車で10分の所にあるホテルでくつろぐことができます。その時はビールを飲んだり、インターネットをしたりとつかの間の休養を楽しみました。
日本人看護師が現地で見たエボラの真実
命がけの覚悟で患者と向き合った1カ月
藤尾 明彦 :ニュース編集部 記者
2014年10月27日
亡くなった患者を埋葬。イスラム教とキリスト教両方の祈りをささげる
日本ではエボラ出血熱の感染者は今のところ確認されていない。今後の上陸リスクを最小化するために空港での検疫を強化している。
日本にはブリュッセルを経由して9月10日に帰国しました。空港では西アフリカに滞在して患者に接触した場合は自己申告するようにアナウンスがありました。そこでは1日2回体温を計測して報告するように指示されました。エボラ出血熱は感染してから発症するまでの潜伏期間は2~21日間といわれています。感染していても発症していなければ、血液検査をしても陽性反応は出ません。体温の報告は入国した日から21日間義務づけられ、その間は取材を受けるのも禁止でした。
現場を見た数少ない日本人として、大滝さんが届けたいメッセージとは。
治療では患者の苦痛をいかに軽減するかを第一に考えました。助かる見込みのない場合でも、尊厳ある最期を迎えてもらうために心を尽くして看護しました。
万が一日本で感染者が出ても、パニックにならないことが重要です。感染者と接触しても、その時点で発症していなければ感染はしません。また、発症者に近づいても空気感染はしません。エボラウイルスは、せっけんで洗っても簡単に死滅します。
日本でも、感染者数が拡大しているというニュースが連日のように報道されています。そこで主に語られるのは、感染者数という数字です。しかし、現地では生身の人間が生活しています。エボラ出血熱によって親しい友人や家族を失った心理的な傷跡が、残された人に深く刻まれています。そうした現地の人の悲しみにも想いを馳せてもらえたらと思います。