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絵空事でないエボラ「兵器化」の悪夢

 4月、ギニア・ゲケドゥの研究所で、エボラ出血熱ウイルスの検出を試みる研究者=ロイター

2006年5月、米国防総省が生物テロ攻撃を受けたとの想定で実施した対処訓練=AP

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO76490320S4A900C1000000/

 絵空事でないエボラ「兵器化」の悪夢

  編集委員 高坂哲郎

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    2014/9/4 7:00
    日本経済新聞 電子版

西アフリカでのエボラ出血熱の死者は1500人を上回り、世界保健機関(WHO)の見通しでは最終的に1万人を突破する勢いだという。一方で、各国の安全保障当局者にはもう一つの憂慮がある。エボラ・ウイルスが生物兵器として使われる事態だ。「エボラ兵器」は冷戦末期にソ連が開発に成功したとの情報もあり、米国は警戒を解いていない。日本企業の医薬品をエボラ治療用に使うことを言い出したのが米国防総省だったことには、こうした背景がある。

関連記事 ・8月7日 Military Times “Defense Department sets up Ebola task force”
・8月8日 日経夕刊「エボラ新薬候補を優先審査 米国防総省」
・8月29日 読売朝刊「エボラ終息までに2万人感染見通し WHO」

■元ソ連軍大佐の衝撃的な告白

 「エボラ兵器は1990年の終わりには製造できるようになっていた」――。99年の著書で衝撃的な事実を告白したのは、元ソ連軍大佐として生物兵器の開発計画を担当していたカナジャン・アリベコフ(その後、米国に亡命しケン・アリベックと改名)博士だ。同氏によると、ソ連は冷戦時代、一貫して生物兵器開発を推進。72年に生物兵器禁止条約(BWC)に署名後も極秘に開発を続け、炭疽(たんそ)菌やペスト、天然痘など50種類以上の病原体を兵器として使えるまでにしていたという。

高坂哲郎(こうさか・てつろう) 90年日本経済新聞社入社。国際部、政治部、証券部、ウィーン支局を経て11年国際部編集委員。専門分野は安全保障、危機管理、インテリジェンスなど。

高坂哲郎(こうさか・てつろう) 90年日本経済新聞社入社。国際部、政治部、証券部、ウィーン支局を経て11年国際部編集委員。専門分野は安全保障、危機管理、インテリジェンスなど。

 88年には、エボラに類似する「マールブルク・ウイルス」の研究中に、研究員が誤って同ウイルスに感染して死亡する事故が起きた。ソ連はその後、研究員の遺体から分離したウイルスを培養し、砲弾やミサイルの弾頭に詰める「兵器化」を実行。マールブルクに比べ培養が難しかったエボラも、90年ごろに兵器化できたとされている。

 こうした情報を受け、米国は他国の軍やテロ組織が「エボラ兵器」を対米攻撃に用いるリスクに備えて準備を進めていた。米国防総省は2010年にはカナダの製薬企業テクミラ・ファーマシューティカルズ社の進めるエボラ治療薬開発に1億4000万ドル(約140億円)もの巨額の資金を投じている。日本の富士フイルム・ホールディングスなどが開発した新薬候補に注目したのが国防総省だったのも当然の流れだった。


 一般にテロリズムは、単に人を殺傷することに加え、人心を動揺させてパニックを引き起こすことを目的としている。エボラ・ウイルスは空気感染しないため、感染力の弱さという面では生物兵器には向いていない。ただ、いったん感染した場合の致死率が事例によっては90%と極めて高く、人に強い恐怖心を与える点ではテロリストにとっては申し分がない。日本のテロ集団「オウム真理教」もエボラ・ウイルスを入手しようとしていた経緯がある。

■自然界にないウイルスも

 近年、安保関係者の間で生物兵器への懸念がさらに強まってきたのは、遺伝子改造技術が急速に進歩し、自然界になかった細菌やウイルスが人工的に作れるようになってきたためだ。

 エボラ・ウイルスについても、その無害化の研究が進んでいるが、無害化ができるのなら、それとは逆方向に「毒性を増す」という改造も不可能ではないだろう。アリベコフ氏の証言によれば、ソ連は、天然痘の感染力の高さとエボラの致死力の高さを併せ持った「究極の生物兵器」の開発を目指していたという。当時の遺伝子技術でどこまで目的を達成できたかは明らかでない。ただ、大量破壊兵器の防護に詳しい日本のある実務家は「ロシアは今も秘密裏に生物兵器計画を続けていると見た方がいい」と警告する。

 エボラ・ウイルスをめぐっては、必ずしも洗練された兵器にしなくてもよいという側面も念頭に置いた方がよさそうだ。今回、エボラ出血熱の感染が拡大している地域は、テロ組織がはびこるアフリカだ。ナイジェリア北部で勢力を広げる過激な武装組織ボコ・ハラムなどが、メンバーをエボラ感染地域に潜入・感染させたうえで、発症後に人口集中地域に運び、ウイルスをまき散らすシナリオも想定できる。自らの体に爆弾を巻きつけて攻撃目標に近づいて爆発する「自爆テロ」の生物兵器版と考えればよい。

 自然界に存在する感染症という脅威に人間の悪意が重なる時、生物兵器という「魔物」が出現する。今回のエボラ感染拡大後、治療薬の開発が活発になり始めたのは喜ばしいが、悪意をもった遺伝子操作を阻止する国際監視体制をいかに構築するかという課題も忘れてはならないだろう。


高坂哲郎(こうさか・てつろう) 90年日本経済新聞社入社。国際部、政治部、証券部、ウィーン支局を経て11年国際部編集委員。専門分野は安全保障、危機管理、インテリジェンスなど。

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