白衣などを滅菌する装置を点検し、患者の受け入れ準備を進める(成田赤十字病院)
島国ニッポン 脆弱な防御力
エボラ、デング熱…相次ぐ感染症 国際化進み、対応急務に
2014/9/11付
日本経済新聞 朝刊
エボラ出血熱に続いてデング熱――。相次ぐ新興・再興感染症の脅威に日本がさらされている。周りを海に囲まれた日本は感染症が入りにくいとされるが、人やモノが世界を行き交うグローバル化で病原体の上陸は時間の問題とされる。ところが日本の感染症に対する防御力は脆弱なままだ。対策を占うのが、江戸時代に海外貿易における窓口「出島」があった長崎だ。
白衣などを滅菌する装置を点検し、患者の受け入れ準備を進める(成田赤十字病院)
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白衣などを滅菌する装置を点検し、患者の受け入れ準備を進める(成田赤十字病院)
「もしアフリカで日本人がエボラ出血熱に感染した場合、患者を受け入れる準備はできているか」。8月初旬、成田赤十字病院(千葉県成田市)感染症科の野口博史部長へ厚生労働省から1本の電話が入った。同病院は成田空港の近くにあり、検疫所と患者受け入れの契約を結んでいる。野口部長は「準備はできています」と伝え、受け入れの態勢づくりに入った。
訓練で備え
同病院はエボラ出血熱などの重篤な感染症患者を受け入れられる全国45の指定医療機関の一つ。年に数回、防護服の着脱や患者の吐物などの処理を訓練して備える。野口部長は「成田空港で感染者が見つかれば全てうちに運ばれてくるはずだ」と表情を引き締める。
西アフリカでエボラ出血熱が猛威を振るう。感染者の致死率は3~9割と高い。まだ日本人の感染者はいないが、現地で活動する日本人医師らが感染したり、帰国した旅行者が発症したりして上陸しかねない。いずれも指定医療機関に運ばれるが、受け入れられる患者数は1病院で1~4人程度で全国でも92床だ。これを上回ると対応できない。野口部長は「事前に国主導で他施設との分担方法を決めないと不安」と打ち明ける。
日本は島国で危機感を持ちにくかったが、状況は変わった。2009年の新型インフルエンザでは政府は大々的な水際作戦を実施したが効果はなく、感染者が入国し患者が急増した。見つかった患者を一部の病院で隔離するだけでは対応は不可能だ。
患者が増えた場合の対策で欠かせないのが、治療薬やワクチンの投与だ。ところが日本はこの分野でも世界から大きく遅れている。治療薬などの効果や安全性を確認するために病原性ウイルスを扱う施設が国内で稼働していないからだ。
「BSL(バイオ・セーフティー・レベル)―4」。外気との出入りを直接防いだ研究室があり、致死性の高い病原性ウイルスなどを扱える唯一の実験施設だ。国際標準でルールが決まり、患者の血液からウイルスを分離し感染したか確定診断したり治療薬やワクチンの開発を進めたりするには不可欠だ。国内の研究者は米国やカナダなどの施設を借りざるを得ない。未承認薬ながらエボラ出血熱の治療効果が期待される富士フイルムホールディングス「ファビピラビル」の開発にも支障が出かねない。
12年に国内で発生したダニが運ぶ重症熱性血小板減少症候群(SFTS)。致死率は最大30%で危険性を考慮すればBSL4施設で扱ってもおかしくなかったが、日本には稼働できる施設がなく、危険度レベルが1つ低いBSL3施設で実験する病原体に指定した。
「出島」長崎動く
国内では東京都武蔵村山市にある国立感染症研究所・村山庁舎にBSL4レベルの能力を持つ施設はある。ところが周辺住民などの反対もあり、厚生労働相から危険なウイルスを保持する許可が出ない。同施設ができたのは1981年で、33年も経過した。厚労省や感染研はBSL4施設がない状態で感染症対策を強いられている。日本学術会議は3月、国内にもBSL4の整備が急務だとする提言を発表した。
事態の打開に向けて動くのが長崎大学だ。長崎は鎖国を続けた江戸時代に貿易拠点があった経緯から、感染症に悩まされてきた土地柄だ。長崎大は感染症研究では国内トップレベルで、BSL4施設の建設計画を進める。長崎大の須斎正幸副学長は「海外から病気が持ち込まれるリスクは制御できない。日本の安全保障全体を考えればBSL4施設が必要だ」と訴える。地域住民と粘り強い交渉を続けており、文部科学省にも予算を要求した。
大航海時代、米大陸は西洋人によって天然痘などが持ち込まれ、多くの現地住民が命を落とした。一方、日本は同時代、鎖国政策で感染症が上陸しづらかったが、国際化が進み感染症の危険性は増している。防御力の強化が急務だ。
(岩井淳哉、八木悠介)
http://www.nikkei.com/article/DGKDASGG04H10_V00C14A9EA1000/
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